通天閣はなぜ大阪のシンボルなのか|新世界とルナパークの歴史を歩く

観光
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猫に飼われている人間のミライです。

大阪観光といえば、真っ先に名前が挙がる場所のひとつが通天閣です。

私も何度か訪れていますが、今回あらためて歩いてみると、「なぜ通天閣は大阪のシンボルになったのだろう」と気になりました。

調べてみると、その歴史は100年以上前にまでさかのぼります。

実は通天閣の足元には、かつて「ルナパーク」という遊園地がありました。

今回は通天閣の見どころとともに、新世界に残る歴史を歩いてみます。

新世界から見上げる通天閣

関西万博の開催期間中に訪れると、通天閣のLED表示には「EXPO 2025」の文字が表示されていました。

100年以上前に誕生した大阪のシンボルが、万博開催を案内する姿には時代を超えたつながりを感じます。

通天閣は遊園地の入口として誕生した

現在の通天閣は展望塔として知られています。

しかし、初代通天閣はもともと展望塔ではありませんでした。

1912年に開業した遊園地「ルナパーク」のシンボルとして建設されたのです。

パリのエッフェル塔と凱旋門を参考にしたデザインで、高さは約64メートル。

当時としては東洋一の高さを誇る建築物でした。

「天に通じる高い建物」という意味で、通天閣と名付けられました。

大阪くらしの今昔館のルナパーク模型

大阪くらしの今昔館では、当時のルナパークを再現した模型を見ることができます。

中央にそびえるのが初代通天閣です。

現在の新世界からは想像しにくいですが、この場所には噴水や劇場、遊具が並ぶ近代的な遊園地が広がっていました。

今でいうテーマパークのような存在だったのかもしれません。

現在の通天閣は二代目

ルナパークは閉園しましたが、初代通天閣はその後も残りました。

ところが1943年、隣接する映画館で発生した火災の影響で解体されます。

現在の通天閣は1956年に再建された二代目です。

高さは108メートルとなり、初代よりもさらに高くなりました。

現在も大阪を代表するランドマークとして親しまれています。

スリル満点の展望体験も人気

通天閣中間展望台付近

最近の通天閣は歴史だけではありません。

展望台の外側を命綱を付けて歩くアトラクションも人気です。

写真中央付近をよく見ると、人が歩いているのが分かります。

高所が得意な人なら挑戦してみても面白いかもしれません。

私は下から見上げるだけで十分でした。

大阪市立美術館から眺める通天閣

大阪市立美術館から見た通天閣

少し離れた場所から見る通天閣もおすすめです。

大阪市立美術館前から眺めると、木々の向こうに通天閣が見えます。

新世界のにぎやかな雰囲気とは違い、落ち着いた景色の中に大阪のシンボルが溶け込んでいました。

観光客が集まる新世界だけでなく、少し視点を変えると違った表情の通天閣を楽しめます。

まとめ

通天閣は単なる展望塔ではありません。

その始まりは、明治時代の大阪が描いた「未来の街」のシンボルでした。

新世界を歩くと、大阪らしいグルメや派手な看板に目が行きます。

ですが少しだけ歴史に目を向けると、そこにはルナパークや初代通天閣の物語が隠れています。

次に新世界を訪れるときは、ぜひ100年以上前の人たちが見上げた通天閣にも思いをはせてみてください。

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